神秘的な【滋賀のデザイン会社:スタッフ日記5.21】
世紀の天体ショー、彦根は晴れてしっかり見えました。
日本で横断的に見られることはそうないそうで、前回は平安時代だったとか。
天照大神が弟の乱暴な行いを悲しみ、天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった時、
世の中が真っ暗になってしまったという有名な日本神話も
当時の日食のことだったかも…と想像すると、とても神秘的ですね。
神秘的と言えば(ちょっと強引ですが(^^;)
甲賀市観光ガイド概要版の増刷を発注いただきました。「ありがとうございます!」

というのも甲賀市(こうかし)は神秘的な魅力のあるところなんですよ。
まず、甲賀忍者発祥の地として有名で、当時の忍者が住んでいたという屋敷が残っています。
外見は普通のお屋敷ですが、内部には侵入者から身を守るためのからくりが施されています。
甲賀忍者は奇抜な手法で全国の藩で活躍し、あの織田信長や豊臣秀吉などの武将たちの
天下統一のために影ながら貢献したとか。
それから、奈良時代にさかのぼると、天平14年(742)に聖武天皇が現在の信楽町に
紫香楽宮(しがらきのみや)を造営しました。しかしながら、山火事などの天災が続き、
745年に都が奈良(平城京)へもどってしまいました。
最近の発掘調査で紫香楽宮跡だとされてきた場所が、甲賀寺(こうがじ)という
大仏を納める大きなお寺の跡だったと分かりました。
今も調査は続けられていますが、まだまだミステリアスです。
また、その時、焼かれた瓦が「信楽焼」の始まりと考えられているのですが、
窯が未だに発見されていないので謎のままだとか。
鎌倉時代には水がめ、すり針、壺などが作られ、安土桃山時代に入ると茶道具が作られました。
本能寺の変の時、大坂堺で孤立無援となった徳川家康が三河へ帰る途中、信楽の豪族、
多羅尾一族に援助を受けたことから、後に茶壺が幕府御用達になったというエピソードがあります。
「窯元散策路」を歩くと、今では貴重な登り窯を見ることができます。
信楽焼と言えば、狸の置物ですね。メイン道路に軒を並べる信楽焼の販売店には
たくさんの狸の置物が愛嬌を振りまいています。
その狸の置物が全国的に知られるようになったのは、
昭和26年(1951)に天皇陛下が信楽を訪問された時、沿道に狸の置物に旗を持たせて
ずらりと並べてお出迎えしたところ、天皇陛下がその光景を歌に詠まれたことでした。
狸の持ち物など8つにそれぞれ縁起の意味を持たせたこともあって縁起物として広がりました。
2年前のこの時期に信楽へ出かけました。採りたてしいたけのバーベキュー&窯元散策路、
とても楽しかったです。その時の様子はこちら
他にも東海道の宿場町の風情を色濃く残す土山、城下町の水口。土山茶と朝宮茶が名産です。
この時期は茶畑がとてもきれいです。ぜひ甲賀市へお出かけください。

<滋賀のデザイン会社:どこかへ行きたいスタッフN>
日本で横断的に見られることはそうないそうで、前回は平安時代だったとか。
天照大神が弟の乱暴な行いを悲しみ、天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった時、
世の中が真っ暗になってしまったという有名な日本神話も
当時の日食のことだったかも…と想像すると、とても神秘的ですね。
神秘的と言えば(ちょっと強引ですが(^^;)
甲賀市観光ガイド概要版の増刷を発注いただきました。「ありがとうございます!」

というのも甲賀市(こうかし)は神秘的な魅力のあるところなんですよ。
まず、甲賀忍者発祥の地として有名で、当時の忍者が住んでいたという屋敷が残っています。
外見は普通のお屋敷ですが、内部には侵入者から身を守るためのからくりが施されています。
甲賀忍者は奇抜な手法で全国の藩で活躍し、あの織田信長や豊臣秀吉などの武将たちの
天下統一のために影ながら貢献したとか。
それから、奈良時代にさかのぼると、天平14年(742)に聖武天皇が現在の信楽町に
紫香楽宮(しがらきのみや)を造営しました。しかしながら、山火事などの天災が続き、
745年に都が奈良(平城京)へもどってしまいました。
最近の発掘調査で紫香楽宮跡だとされてきた場所が、甲賀寺(こうがじ)という
大仏を納める大きなお寺の跡だったと分かりました。
今も調査は続けられていますが、まだまだミステリアスです。
また、その時、焼かれた瓦が「信楽焼」の始まりと考えられているのですが、
窯が未だに発見されていないので謎のままだとか。
鎌倉時代には水がめ、すり針、壺などが作られ、安土桃山時代に入ると茶道具が作られました。
本能寺の変の時、大坂堺で孤立無援となった徳川家康が三河へ帰る途中、信楽の豪族、
多羅尾一族に援助を受けたことから、後に茶壺が幕府御用達になったというエピソードがあります。
「窯元散策路」を歩くと、今では貴重な登り窯を見ることができます。
信楽焼と言えば、狸の置物ですね。メイン道路に軒を並べる信楽焼の販売店には
たくさんの狸の置物が愛嬌を振りまいています。
その狸の置物が全国的に知られるようになったのは、
昭和26年(1951)に天皇陛下が信楽を訪問された時、沿道に狸の置物に旗を持たせて
ずらりと並べてお出迎えしたところ、天皇陛下がその光景を歌に詠まれたことでした。
狸の持ち物など8つにそれぞれ縁起の意味を持たせたこともあって縁起物として広がりました。
2年前のこの時期に信楽へ出かけました。採りたてしいたけのバーベキュー&窯元散策路、
とても楽しかったです。その時の様子はこちら
他にも東海道の宿場町の風情を色濃く残す土山、城下町の水口。土山茶と朝宮茶が名産です。
この時期は茶畑がとてもきれいです。ぜひ甲賀市へお出かけください。

<滋賀のデザイン会社:どこかへ行きたいスタッフN>
by dswork
| 2012-05-21 13:45
| スタッフ日記