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はやくも週末となりました。週明けは金環日食で盛り上がりましたね。
世紀の天体ショーはまだ続くらしいですよ。次は6月6日の朝に起こる「金星の太陽面通過」、
太陽の上を金星が通過する様子が見られるそうです。
「金星の太陽面通過」は地球上のどこかで毎年のように起こっている金環日食より珍しく、
日本では130年ぶり、今回を見逃せば次回は105年後になるそうです。
というわけで日食グラスはまだ使いますから持っておいてくださいね。

昨晩、和風総本家(テレビ大阪)というテレビ番組でお客様の丸三ハシモトさんが紹介されました。
日本人なら知っておきたい、大切に受け継がれてきた“モノ”。
それは文化だったり、人情だったり、道具だったりしますが、それらを支える人々や
しきたりなどを知り、日常生活や旅先で日本をもっと楽しめるようになろうという番組です。
丸三ハシモトさんは三味線やお琴などの絃を製造するメーカーさん(滋賀県長浜市)ですが、
刷毛を締める糸として三味線糸が使用されて刷毛が生まれ、遠くオーストリアのウィーンにて
名画の修復作業に使う重要なアイテムとして重宝されているそうです。高質な楽器糸を
締める糸に使うなんて、すごい刷毛ですね。20年間愛用していた刷毛が
日本(滋賀県大津市)で手間隙かけて作られていることを初めて知り、
その様子を見て、修復師の女性は感謝の気持を伝えました。
そして20年使われ続けてきたことを知った職人も、これだけ喜んでもらえると嬉しいし
ありがたいと涙されていました。職人冥利に尽きると。いい場面でした。

知っている方、会社、地域がメディアに取り上げられるとやっぱり嬉しいですね。
また、その職人さんによって製造された商品にかかわるお仕事ができることも嬉しいです。
企画やデザインのお仕事は伝統や職人という域ではないですけれど、
さすがですね〜と言われるのは何よりの褒め言葉。
発注していただいたお客様にうならせ、喜んでもらえる作品を常に手がけたいですね。

また、テレビ番組になりますが、綾野剛(あやのごう)さん、朝ドラカーネーションの主役の
叶わぬ恋の相手役が好評だったり、今、放映中のクレオパトラな女たちの主人公(男性)を
想う同居人の役で妖艶な雰囲気を出している、人気急上昇中の俳優さんです。
ある番組のプロモーション映像のメイキングについて言ってました。
何かを伝えるなんてことはおこがましいので、見た人の記憶に残ればいいなと。
謙虚な方です。私たちの仕事にも通じることがあるのかなと思いました。
実際、ポスターやパンフレットの表紙、パッケージ一つでどれだけのメッセージ性を
持たせられるかはいつも課題です。
創作の原点に立てたような日になりました。よい週末を。

丸三ハシモトさんの職人技↑黄色は腐食や防虫効果のあるウコンで染めるため。
また古代中国より縁起のいい色として重用されていたとされ、
色彩の鮮やかさが三味線の漆黒色の棹に合うとされているそうです。

<滋賀のデザイン会社:謙虚でありたいスタッフN>

世紀の天体ショー、彦根は晴れてしっかり見えました。
日本で横断的に見られることはそうないそうで、前回は平安時代だったとか。
天照大神が弟の乱暴な行いを悲しみ、天岩戸(あまのいわと)にお隠れになった時、
世の中が真っ暗になってしまったという有名な日本神話も
当時の日食のことだったかも…と想像すると、とても神秘的ですね。

神秘的と言えば(ちょっと強引ですが(^^;) 
甲賀市観光ガイド概要版の増刷を発注いただきました。「ありがとうございます!」

というのも甲賀市(こうかし)は神秘的な魅力のあるところなんですよ。
まず、甲賀忍者発祥の地として有名で、当時の忍者が住んでいたという屋敷が残っています。
外見は普通のお屋敷ですが、内部には侵入者から身を守るためのからくりが施されています。
甲賀忍者は奇抜な手法で全国の藩で活躍し、あの織田信長や豊臣秀吉などの武将たちの
天下統一のために影ながら貢献したとか。

それから、奈良時代にさかのぼると、天平14年(742)に聖武天皇が現在の信楽町に
紫香楽宮(しがらきのみや)を造営しました。しかしながら、山火事などの天災が続き、
745年に都が奈良(平城京)へもどってしまいました。
最近の発掘調査で紫香楽宮跡だとされてきた場所が、甲賀寺(こうがじ)という
大仏を納める大きなお寺の跡だったと分かりました。
今も調査は続けられていますが、まだまだミステリアスです。

また、その時、焼かれた瓦が「信楽焼」の始まりと考えられているのですが、
窯が未だに発見されていないので謎のままだとか。
鎌倉時代には水がめ、すり針、壺などが作られ、安土桃山時代に入ると茶道具が作られました。
本能寺の変の時、大坂堺で孤立無援となった徳川家康が三河へ帰る途中、信楽の豪族、
多羅尾一族に援助を受けたことから、後に茶壺が幕府御用達になったというエピソードがあります。
「窯元散策路」を歩くと、今では貴重な登り窯を見ることができます。

信楽焼と言えば、狸の置物ですね。メイン道路に軒を並べる信楽焼の販売店には
たくさんの狸の置物が愛嬌を振りまいています。
その狸の置物が全国的に知られるようになったのは、
昭和26年(1951)に天皇陛下が信楽を訪問された時、沿道に狸の置物に旗を持たせて
ずらりと並べてお出迎えしたところ、天皇陛下がその光景を歌に詠まれたことでした。
狸の持ち物など8つにそれぞれ縁起の意味を持たせたこともあって縁起物として広がりました。

2年前のこの時期に信楽へ出かけました。採りたてしいたけのバーベキュー&窯元散策路、
とても楽しかったです。その時の様子はこちら 

他にも東海道の宿場町の風情を色濃く残す土山、城下町の水口。土山茶と朝宮茶が名産です。
この時期は茶畑がとてもきれいです。ぜひ甲賀市へお出かけください。

<滋賀のデザイン会社:どこかへ行きたいスタッフN>
このところ、バタバタとしていてお仕事ブログが停滞してしまっています…。
もしももしも、楽しみに読んでくださっている方がいらっしゃいましたら(^^;)すみません。
できるだけアップしますので、また息抜きにのぞきにきてください。

さて、21日(月)は金環日食(きんかんにっしょく)ですね。
太陽が月に覆われる現象を日本で見ることができるのは珍しいので見てみたいですね。
直接見ると、網膜を傷つける危険があるので専用のグラスが必要ですが、
粗悪品が出回っているようなので要注意です。彦根は朝の7時半くらいに見られるそうです。

最近、車で遠方へ出かけることが多いのですが、晴れた日のドライブは気持ちがいいです。
先週は高島へ行ってきました。前回、行った時は雪が降っていましたから久しぶりです。
高島へは彦根から車で約90分。さざなみ街道(素敵な名前ですね)を行きます。
信号が少なく走りやすいです。そして、やっぱり、賤ヶ岳トンネルを通過中は
戦国期へタイムトリップしないかなと思ってしまうのです。

この日は高島扇骨のお話を聞くこともできました。
扇骨(せんこつ)は字の通り、扇子の紙部分を除いた骨部分です。
全国の扇子のほとんどの扇骨が高島で作られているそうです。
そもそも扇子は奈良時代から平安時代の初めにかけて日本で生まれたそうです。
団扇は中国でも使われていましたが、扇子は日本発祥のものだということです。
最初の扇子は紙を貼らずに木簡(木の札)だけでできていて、文字を書いていたそうです。
木簡を何枚か束ねて一方の端に穴を開け、そこに紐などを通して縛ったのが始まりとか。
当時は和歌を書いて贈ったりされていたよう、今で言う(言わないかも)ラブレターですね。
末広がりで縁起もいいので贈り物にも最適ですね。

素材は竹です。扇骨に使われるのは3〜5年育った良質の竹の皮と中身を削り取ったほんの一部。
9割が廃材になるそうです。
産地の高島の歴史は古く、都の貴族が隠れ住んで扇子作りを始めたとか、
落ち武者が生計を立てるために始めたとかさまざまな説があります。
史実では江戸時代、徳川五代将軍綱吉の頃、市内を流れる安曇川の氾濫を防ぐために
植えられた竹を使って、冬季の農閑期の仕事として始められたと伝わっています。

扇骨は両外側の2枚を親骨といい、内側を仲骨といいます。製作は親骨で18工程、
仲骨で16工程にもおよび、職人から職人へ作業が移る分業体制になっています。
製作期間は約1ヶ月。薄い竹を扱うためほとんどが手仕事です。
当然のことながら扇骨は長さ、形、色、光沢が揃っていないといけません。
その一寸の狂いもなく揃える作業には熟練の技が要ります。
マニュアルはなく、それぞれの職人さんの手先の感覚と独自の手法によって行われます。
扇子の紙部分は実は3枚重ね。薄〜い紙と紙の隙間に扇骨を通していきます。
作業の苦労は書き切れないのですが、
こうして仕上がった扇子はプラスチック製品や海外製品にはない持ち味があります。

竹の色や本数や長さなどで種類がいろいろあります。
竹部分に施された「彫り」にも種類があります。紙ではなく生地を使った扇子もありますし、
好みで選べそうです。今年は一層の節電対策が必要ですし、扇子が欲しくなりました。
<滋賀のデザイン会社:暑さが苦手なスタッフN>
GWのまっただ中、伊勢神宮に行ってきました。
お伊勢さんなんてみんなお正月か修学旅行でしか行かないよね〜と、完全になめてました。
この考えが間違っていることに気づいたのは安濃SAに入った時です。
デカデカと看板に伊勢ICで降りれないことや臨時駐車場にシャトルバスの案内が。
まさかお伊勢さんがこんなことに…(なめてたので下調べしてません…)
で、到着してみると予想以上の人出です。あまりの人混みに萎えそうになるのですが、
ここまで来たらとことん楽しもうと思ったら清々しい気持ちになりました。
さすがパワースポット☆

そんな決意もつかの間、正宮まではあと少しというところで
人の流れが完全に止まって動かなくなりましした。
進めるのは3分に一歩くらい。内心えらいところに来てしまったとげんなり…。
でも、天照大御神にお願いしたいことが山ほどあるので諦めるわけにはいきません。
ぼちぼち進むこと1時間半…。ようやくお参り。
ここぞとばかりに仕事のことプライベートなこといろいろお願いしました。
やっとの思いで人混みを抜けてホッとひと息。
改めてあたりを見渡すとお隣は工事現場。「神宮式年遷宮」の垂れ幕がかかってました。

私は初めて知ったのですが、
式年遷宮とは20年に一度社殿を新しくして、御神体を遷すことなんだそうです。
東西に同じくらいの敷地があって、20年ごとに隣に建てては遷しが690年から続いているのだとか。
とても長い歴史のある伊勢神宮の社殿はそれこそとても古いものだと思っていました。
どうして古いままではダメなんでしょう?
いろいろ調べると、神様には常に新しい社殿に鎮まっていただき、
その若々しいパワーで人々を守ってもらうという願いが込められているそうです。
「常若」の精神といらしいです。
常に新しいものに変えていくことが古くからの伝統を引き継いでいくことっていうのもおもしろい。
平成25年が第62回神宮式年遷宮。来年以降に行くとより瑞々しいパワーがもらえそうですね。
でも、次回行くときはもっと空いてそうな時期でもっと早朝にします(^^;)

そんな人だらけの内宮を出て、名物赤福でも…と思ったら、
「最後尾こちら」のプラカードの前には人人人人……
もう見なかったことにして赤福はあきらめました(T_T)
その変わりせめて伊勢うどんをと奥野屋さんで頂いてきました。(もちろん並んで…)
それなりに伊勢を満喫!
帰りのシャトルバスで行列。もちろんその後の高速は大渋滞。ヘトヘトになってようやく帰宅です。
この日の教訓……GWには動かない。お伊勢さんをなめてはいけない。
天照大御神さま、こんなにがんばった私のお願いかなえてください。
とりあえず商売繁盛あたりからお願いします(*^_^*)

<滋賀県のデザイン会社:GWでリフレッシュできなかったスタッフT>
当社は滋賀県彦根市にあります。滋賀県は日本のほぼ真ん中に位置していて、
びわ湖があることで知られている、はずなんですが、関西圏を除くと
正確な位置を知らない人が多いようです。残念です。PR不足でしょうか、
確かに地味だとは思いますが、都会すぎず田舎すぎないとても住みやすいところなんですよ。
大阪・京都・名古屋にも近いということもあって、
近年は人口増加県の上位にランクインしています。

歴史的には位置関係から重要な地点としてされ、特に戦国期は
「近江(滋賀県の旧名)を制する者は天下を制する」と言われました。
織田信長は安土城を築いて滋賀県を拠点にしました。古道が交差し、
湖上交通も栄えたことから多くの人や物資が行き交いました。

びわ湖は県面積のどのくらいを占めていると思いますか?答えは6分の1です。
意外に少ないと思われた方が多いんじゃないでしょうか。もっと意外なのが…
山が2分1をも占めていることなんです。その山々に降った雨と雪が川となって
田畑を潤し、びわ湖へと注いでいます。その数は大小合わせてなんと511本。
滋賀県は自然環境的にも恵まれているのです。

そんな豊かな歴史と自然環境で生まれ、これまで継承されてきた伝統産業も滋賀県の誇りです。
改めて見直すことができたのは平成19年度の滋賀県から受託した伝統産業調査事業でした。
信楽焼、長浜ちりめん、湖東麻織物、高島綿織物、高島扇骨、彦根仏壇、
彦根ファンデーション、彦根バルブ、甲賀日野製薬。
9つの地場産業の産地を訪ね、歴史、技術、近況などを取材しました。
生まれも育ちも滋賀県でありながら初めて知る産地もあり、その伝統に感動したのでした。
各産地については追々ご紹介していこうと思います。

あれから4年が経過。昨年から伝統技術にデザイン要素をプラスして、
暮らしや使う人自身をより豊かにする、今どきのアイテムができないかなという思いを
カタチにしようとしています。名付けて「湖国デザインプロジェクト」。
湖国(ここく)はびわ湖を預かる滋賀県の別名。
初めての試みで右往左往しながらの進行状況ですが、
詳しくお知らせ出来る日ができるだけ早く来るように頑張りたいと思います。
産地の皆さんには快く温かくご協力いただいております。ありがとうございます。

滋賀県の魅力を発信できるきっかけにもなればいいなあとも思っています。
県内にお住まいの方でもまだまだ知らない滋賀県のいいところ、たくさんあります。
まず県内の方に知ってほしいなあと思います。

中国楽器琵琶の形に似ていることから名付けられたというびわ湖。
周囲は約235km。車だと1日で1周できます。
<滋賀のデザイン会社:生まれも育ちも滋賀スタッフN>